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本橋麻里がチーム作りをした理由はチーム青森達に復讐する為?

 
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初めまして、管理人であるピスキスと申します。 この度は、訪問して頂き、誠にありがとうございます。 このサイトでは、主に、私個人が気になった事を記載しています(主にスポーツや芸能人、行事など)を面白い記事になる様に書いていきます‼ 私、管理人は日々面白いネタを提供敵る様に目標としております。毎日更新を目標に、頑張りますので、よろしくお願いします‼

カーリング選手として活動してる
本橋麻里選手。

 

本橋麻里選手と言えば、ロコ・ソラーレを
設立し、平昌五輪では準決勝にまで進出
する程のチームとなりましたが、

 

そんな本橋選手のチーム作りをした
理由について調べてみました↓

・本橋麻里選手とは?

本橋麻里選手とは、どのような人物なのか?
簡単なプロフィールを作成しました↓

 

本名: 本橋麻里

 

生年月日: 1986年6月10日

 

出身地: 北海道常呂郡常呂町

 

チーム: ロコ・ソラーレ

 

身長: 160㎝

 

体重: 56.5㎏

 

血液型: A型

 

趣味: バドミントン

 

続けて、学歴も以下の様に
なっています↓

 

青森明の星短期大学

 

日本体育大学体育学部体育学科

 

本橋選手が始めたのは12歳の頃であり、
意外にも自分からでなく、

 

たまたま近くにいた常呂カーリング
協会初代会長を務めていた小栗裕司さんに
声を掛けられたのをきっかけでした。

 

しかし、才能はすぐに発揮される事となり
2000年3月に開催された
ジュニアカーリング選手権大会では
優勝をしており、

 

2002年には世界ジュニアカーリング選手権
にも出場していました。

・成績は?

本橋選手の成績について、
以下の様になっています↓

 

マリリンズ所属時代

2001年: 北海道ジュニアカーリング選手権 3位

 

河西建設女子所属時代

2003年: 北海道カーリング選手権大会 優勝

 

青森県協会所属時代

2005年: 第22回日本カーリング選手権 2位

 

チーム青森所属時代

2006年: 第23回日本カーリング選手権 優勝

2007年: 第24回日本カーリング選手権 優勝

2008年: 第25回日本カーリング選手権 優勝

2009年: 第26回日本カーリング選手権 優勝

2010年: 第27回日本カーリング選手権 優勝

 

LS北見

2011年: 第28回日本カーリング選手権 3位

2012年: 第29回日本カーリング選手権 準優勝

2013年: 第30回日本カーリング選手権 4位

2014年: 第31回日本カーリング選手権 3位

2015年: 第32回日本カーリング選手権 準優勝

2016年: 第33回日本カーリング選手権 優勝

2017年: オリンピック冬季競技大会 日本代表決定戦 優勝

 

2005年4月に青森明の星短期大学に入学し、
そこからチーム青森に正式加入しており、
社団法人日本カーリング協会の強化指定選手に
選出される程の実力がありました。

 

しかし、2006年に主力であった
メンバーが離脱した事により、

 

チーム青森の戦力が低下すると
考えられていましたが、選考会を
開催した事によって、どうにか
戦力の低下は免れる事となりました。

 

2007年に短期大学を卒業し、
NTTラーニングシステムズ株式会社と
所属契約を締結し、

 

更にチーム青森のリーダーに就任
する事となりました。

 

ですが、2010年にチーム青森脱退し、
ロコ・ソラーレを結成しました。
メンバーは本橋選手の同郷である
吉田夕梨花選手や鈴木夕湖選手などが参加しました。

 

2013年にソチオリンピックの
日本代表決定戦で中部電力と対決しますが、
敗れ、オリンピック出場を逃してしまいます。

 

ですが、2017年の平昌オリンピックの
日本代表決定戦では、強敵である
北海道銀行、因縁の相手である
中部電力を破り、代表枠を見事に
勝ち取る事ができました。

 

自分が結成したチームがオリンピックの
日本代表になったというのは、
凄く嬉しい事だったと思います。

・チーム作りをした理由は復讐?

本橋選手がチームを一から作った
理由とは、何でなのでしょうか?

 

本橋選手は24歳の時に、
5年間在籍していたチーム青森から離脱し、
同年にロコ・ソラーレを結成します。

 

チーム青森を辞めた理由には、
反省点をないがしろにしていた事、
チームワークがバラバラだった事
原因に挙げています。

 

本橋選手は、このままではいけないと
思いつつ、何とか打開策を考えていた
ようですが、思いつかなったそうです。

 

しかし、バンクーバー五輪で本橋選手に
衝撃的な出来事が起こりました。

 

トリノ五輪以降、姿を見せていなかった
スウェーデンチームがバンクーバー五輪に
出場しただけでなく、

 

何と優勝して、金メダルを獲得した事に
驚かされたそうですが、更に驚かされたのが、
リラックスして、試合にも楽しんでいる風景
驚かされます。

 

これこそ、自分が考えていた打開策だと
感じ、チーム青森での修正も考えっていった
そうですが、

 

既に身体共に疲弊しているチームワークに
修正案を出しても、改善が見られなかったり、

 

選手たちの考えが反映されなかったり、
勝手に決められたスケジュールによって、
徐々にチーム青森に違和感を感じる様になり、

 

一からチーム作りをする必要があると感じ、
チーム青森を離脱する事を決意しました。

 

本橋選手は、まず、チーム作りをする際に、
話し合い・ミーティングが大切と感じて、
現在も打ち合わせを綿密に行ってるとの事です。

 

結成時に、吉田夕梨花選手や鈴木夕湖選手が
加入し、更に数年後には藤沢五月選手や
吉田知那美選手が加入していきます。

 

特に藤沢選手や知那美選手は、本橋選手
みたいに、所属していたチームに不安を感じ
本橋選手に声を掛けられて、チームに加入
する事になりました。

 

結果、強豪チームを次から次へと破り、
平昌五輪でも、準決勝に進むほどの
実力となりました。

 

私も女子カーリングの試合を見てて、
思ったことが、チームワーク力も
凄いのですが、

 

試合中、本当に落ち着いて活躍されてる
姿が見られますので、本当に強いチームで
あると感じました。

 

平昌五輪、その後の大きい大会でも
頑張って欲しいですが、これからも
最初に掲げていた事を忘れずに、
頑張って欲しいですね‼

・まとめ

 

・本橋麻里選手は元々、チーム青森に
所属していたが、自分とチームの
価値観に違和感を感じ、離脱した。 

 

・本橋選手は、チームに最も必要と
感じているのが、話し合い・
ミーティングをする事が大切と
語っている。

 

 

最後までお読みいただき、
ありがとうございました‼

 

次回もよろしくお願いします‼

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